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「北海道4000km」               [プレイ動画を見る]

 トップページ用の北海道の国鉄路線図を作っていたら、不意にこのソフトのことを思い出してしまいました。

 「北海道4000km」は、1984年4月に(株)工学社/(株)コムパックから発売された、おそらく日本で最初の鉄道ゲームソフトです。

 当時の雑誌広告の宣伝文を引用してみます。

 「北海道の国鉄路線を舞台に4,000キロを踏破するビッグ・スケールの鉄道シミュレーション。
 歓び、悩み・・・旅のドラマがパソコンに展開する。」

 北海道内での国鉄路線は4,000キロにものぼる。国鉄キャンペーンをそのまま、FM-7で演じる卓越した着想と徹底した現実対応の状況設定の中で、実際の時刻表どおりの列車を乗り継ぎ、函館を起点とした踏破の旅が展開する。 刻々と変化する天候、所持金、乗り続けるか下車するか、待ち時間の買物や飲食、夜になれば店は閉まるし寒さも増す。雨に打たれて野宿をすれば病気になる。 SFや戦史シミュレーションにはないこの現実感!
 カセット/定価 3,500円  (※注:現在はもう売っていません)

北海道4000km

※ (株)工学社刊 「I/O」 1984年4月号53ページより引用

 これは、北海道ワイド周遊券と所持金15,000円を持って、函館を起点に、実際の時刻表どおりの列車を乗り継ぎ、周遊券の有効期間である20日間以内に、北海道全線の乗りつぶしを行うというゲームでした。
 (舞台は、1983年7月初旬を想定。)
 実は、このゲームは拙作です。当時、もし、このゲームで苦しんだ方がいましたら、どうもすみません。
 どうやらこのゲームは、鉄道ファンではない方々には、かなり難易度が高かったみたいです。
 今、検索サイトで「北海道4000km ゲーム」で検索すると、25年以上前のゲームであるにもかかわらず、いまだにこのゲームを紹介してくださっているページを発見することができます。(誠に感謝に堪えません。)
 それらの方々の感想をとおして、これがどんなゲームだったのかをご想像いただければ幸いです。

 当時のパソコン(富士通FM-7)の実装メモリはわずか64kB(単位は間違っていません。キロバイトです)、そのうち32kBをBASICインタプリタが占有している状況でした。今となっては非現実的ともいえるPC環境の下、北海道の時刻表データをできる限り詰め込み、かつゲームとして成立させるために、削れるであろう機能は極限まで削っていました。
 おまけに、当時はまだ個人用途向けのハードディスクは存在せず、フロッピディスクですら非常に高価で一般には普及しておらず、ストレージ装置はカセットテープonlyでしたので、現代のゲームなら当然に実装されているゲーム途中でのセーブ機能も実現できませんでした。そのため、ゲーム開始から終了まで4時間から6時間拘束される、かなり過酷な仕様になっていました。
 (当時、ゲーム途中でのセーブ機能をカセットテープベースで試作していますが、速度と信頼性の面でとても実用に耐えなかったので、実装を見送った覚えがあります。 なぜなら、ただでさえカセットテープからゲームを読み込んで起動できるまでに10分弱かかっていたのに、そのあとさらに別のカセットテープからセーブデータを5分以上かけて読み込まなければならないなんて、とても耐えられません。おまけに、カセットテープ名物のIOエラーで止まってしまって最初からやり直しになったり、目も当てられませんでした。試作中、データのロード中に寝てしまったり、エラー頻発で呆然とすることもしばしば... 当時の北大鉄道研究会のメンバーには、いろいろとご迷惑をおかけしました。)


北海道4000km
左の信号機は健康状態を、右の予告信号機は空腹度を示す   Copyright (株)工学社/(株)コムパック/Tempoku2000
北海道4000km
スタンプを押すと所持金を増やせる
北海道4000km
進みたい方向を選ぶ
北海道4000km
途中で分割される列車
北海道4000km
のんびり食事をしてると乗り遅れる
北海道4000km
十勝三股の罠(笑)
北海道4000km
災害発生しまくり

 このゲームの攻略は、「夜行列車をいかにうまく使うか」にかかっていました。
 このゲームが想定する1983年当時は、札幌から稚内(「利尻」)、網走(「大雪」)、釧路(「まりも」)、函館(41レ,48レ)の各方面間の夜行列車が運転されていましたので、これらの列車で連続車中泊をすることによって、所持金と体力を温存し、かつ効率的な移動を実現することができました。
 ゲームに登場する85駅中に、乗換にあまり関係ないはずの「士別駅」「上川駅」が入っていたのは、上下の夜行列車が交換する駅だったからでして、この駅で上り→下り(もしくはその逆)の乗り継ぎをすることが可能でした。(「新得駅」も同様。)
 また、当時「旭川駅」だけは24時間待合室が閉鎖されない駅でしたので、旭川駅で泊まることによっても所持金と体力を温存することが可能でした。
 あと、当時の列車の行き先は、現在とは比べ物にならないほど多彩でしたので、札幌から旭川に向かうつもりで列車に乗ったら歌志内に連れて行かれたりなど、的確な列車を選択できるか否かも攻略の重要な要素でした。(容量の関係もあって、列車の方面と時刻は案内するが行き先は案内できなかったことも、難易度を高めていました。)
 札幌から石北本線、羽幌線、名寄本線に向かう多層建て急行(「大雪、紋別、はぼろ」)など、途中で分割する列車も数多くありました。このような列車に乗ったときは、分割駅で進む方向を指示してやらないと、意図しない方向に連れて行かれたり・・・などなど、当時は列車のダイヤ自体にもゲーム的な要素は多く含まれていました。
 それでも何もなければ、およそ15日前後で4,000kmを踏破することは可能でしたので、自然災害による不通などの独自の要素を加味して、およそ20日でなんとか踏破できるように設計していた記憶があります。

 当時の時刻表どおりに鉄道旅行をシミュレーションできるこのゲーム、画面表示はショボいですが、できることなら、再度また自分でもプレイしてみたいものです。

 (2010年4月21日追記:FM-7エミュレータ「XM7」を利用して、25年ぶりにプレイしてみました。このゲームが重度の鉄オタ仕様だったということが、よくわかりました。(笑))

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